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20133/14

ダイアローグ 山田真先生を囲んで、この2年を振り返る

3月10日に開催した「ダイアローグ 山田真先生を囲んで、この2年を振り返る」で募集した皆さんからの声を
一部ご紹介します。
ゆかさんから

震災から2年なんですね…

私にはまだあの当時のままです。

自宅の除染も全くしていませんから。

いくら放射線量が高くても、その数字を詳しく知ることがなければ、食べ物が汚染されているかもしれないなんて、いちいち深く考えなければ、何も変わらない生活をしていられます。

でも、こんな桁の放射線量を、本当は浴びながら生活を続けていてはいけないという事実を知ってからは、平常心で生活などできません。

子どもがいたら、尚更。でも、解っていながらも生活を続けるしかない人もいます。

この状況は、その立場にならなければなかなか伝わる事がないかもしれません。動ける人と動けない人が生まれ、分断もあちこちで起きてしまう。

復興が先だって、除染が進まないのにもかかわらず地元に戻そうと頑張っている行政。

そうしないと、丸く収まるものも収まらないから、騒ぐなと言うのでしょう。

悔しいですが、私達の声は小さすぎてなかなか届きません。

こういった現状は、今後どこの原発が爆発しても殆ど変わらず、むしろ避難区域を狭めてしまうのではないかと危惧します。
まりさんから
東日本大震災から2年

全てを封印したいという想いとは裏腹にテレビでは特番が組まれ

嫌でもあの時のことが思い出されていく

常に揺れる地震の恐怖、そして原発事故

あの時、子どもを連れて逃げることしか思い浮かばなかった

必死に車に荷物を積んで狭い軽自動車で子どもと友人と逃げた

外を流れる風景を見ながら、もう見ることが出来ないの?帰れないの?

そう思ったら置いてきたものが大きくって悔しくって悲しくって怒りに震えたのを思い出す

1ヶ月の避難生活、子どもの学校の再開と共に帰って来た。

苦しい選択だった

帰りたいと言う子どもの意見を尊重した

高校生の男の子2人は沢山の情報をかき集め放射能の恐怖も理解しようとしていた

それでも帰りたいと言うお兄ちゃん

弟はそんな兄を見て家族バラバラになるなら

「僕はきっと結婚しないよ・・もし結婚しても子どもは作らないよ」

と言って帰ることを選択した

何が正しい選択か分からなくなってくる

できるだけ放射能から守りたい

これから何も起きないことだけを祈る生活

苦しい・・家族を守りたいだけ

笑顔だけは無くしたくない

笑顔まで奪われたくない

2年の月日が過ぎ、人々はたくさんの事を学び前に進もうとしている

忘れないでほしい、あの時、気づいた大事なことを

美しい山や川、自然とともに生きている動物たち 今もあの時のまま

変わったのは放射能が降り注いだ事

私達人間が犯した罪、あなた達の大事な自然を汚し続けてる

ごめんねと謝る日々

子どもたちにごめんねと謝る

いつまでもいつまでも ごめんねが続く

2年経過して何も解決していない現実

どうか、子どもたちに明るい未来が訪れますように

私達大人が何をしなければいけないか
忘れないでほしい
命を大切に出来ない世界に明るい未来がないということを
Hさんから
一度だけ山田先生に相談したことがあります。鎌田(福島市)でおこなわれた健康相談会でした。

子供2人をつれて山田先生の前に座った時、記者さんが写真を撮り始めたので、「撮らないでください!」と言ってびっくりされたのを覚えています。

先生は、健康に影響があるかどうかははっきり言えないというスタンスでいらしたと思いますが、正直、yesかnoかを伺えると思っていたのでがっかりしました。

でも、2年たって、個人の身体の感受性の強弱、食事をはじめとした生活習慣、放射性物質に対する知識と心構えによって本当に出てくる答えは千差万別で、わかりやすい回答は存在しないのだということがよくわかりました。

震災の時我が家は、私の仕事が安定してから5年が過ぎ、まだ離婚はしていませんでしたがまずまずの収入で、子供たちは2人とも発達障がいで不登校でしたが健康で、素直で、折に触れてスノボやものづくり、ペンションやホテルでの宿泊体験、電車やバス、自家用車での小旅行など、少しずつ外の世界と触れ合って、自分の人生を見つける手助けをしてあげられると思っていた矢先でした。

二人とも外出は最小限でしたので、初期被曝は少なくて済んでいるはずですが、自宅アパートの線量が高く、引きこもっていても日々被曝している状態でした。

加えて、被曝の事、震災の事など、オープンに話せない雰囲気がどんどんエスカレートしてきて、このままだと、子供たちは障がいと不登校に加え、被爆地にいるということで、福島へ囲い込まれたまま、将来を選ぶことすらできなくなるような気がして、いたたまれなくなりました。

私自身、人間関係が苦手で、友人もほとんどなく、日々見えない放射線にからめ捕られるような息苦しさが増していて、苦しかった。

保養に出ようにも、発達障がい児を受け入れる団体はほとんどなく、フルタイムで収入を得なければ生活できない身としては長期の親子同伴の保養も選べず、 やっと山梨県のバスツアーに潜り込みました。

長野との県境なのでかなり田舎で、首都圏からロハスな暮らしをしたくて、あるいはアーティステックな暮らしがしたくて移ってくる方が多い土地柄で、 ここなら、子供たちも自分たちが人と違うなどと比較しなくて済むような気がして、仕事も家もすべて「捨てて」引っ越してきました。

福島にいるころから、CRMSにとても親しみというか、近しい感じがしていました。

それは丸森さんのお人柄だけかと思ってましたが、それだけではなく、正しい情報を得て、共有して、判断するという、コンセプトも大きかったなと。

今でも、何かみんなと一緒に、同じ方向を向いて「仲間」に入れてもらいたい気持ちがあります。

でも、出てしまった人間は、もう外の人間なんだなと、つくづく思います。これは外部からのではなく、内面からそう思います。

私のように、特に人間関係がなかった人間でもそうなのだから、ネットワークがあった方々のつらさはいかばかりかと思います。

私は被害者ではないなぁと、そう考えるようになりました。

家族の中で私が一番被曝している(3月13日から平日はずっと勤務と食糧確保に外出していた)から、覚悟はしています。

そう遠くない未来に、体調不良が起こるかもしれないと思っています。

現在もいろいろあるけれど、それはしょうがないと思っています。

子供たちに私ができることは、比較的安全と思われる食物を食べてもらうこと、
なるべく楽しい思いをさせること、

そして、私がいなくなっても強く生きていけるように心がまえを伝えること。

そして、もし子供たちが病気になったら、 くじけないで人生をぎりぎりまで生ききられるように心を強くもってもらうこと。

今はそう思っています。
たかこさんから
今、札幌にいます。

おととしの6月、私は福島県伊達市から札幌に避難しました。

悩みに悩み抜いての避難という選択。

私の住む団地にはわたしとおなじように 避難を選択した方たちがたくさ住んでいます。

ただ、避難をしたから安全。

全ての悩みから解放されるなんてことはこれっぽっちもありません。

福島に残してきた夫や両親、大切な友達のこと。

子どもを守りたいという気持ちと、家族がバラバラになる不安。

あの日から2年、

その気持ちに大きな変化があるかといえば変わらずにそこに存在している…。

それでも、私たちはただ足踏みしていただけではないと思います。

故郷を離れているからこそ、できることもある。

少しでも、北海道のひとに福島のことを知ってもらいたいと、私たちがどんな状況にあるのかを話している人がいる。

保養企画を一緒に作ったり、支援活動に携わっている人もいる。

エコー検査や健康相談に乗り出してくれた医師の皆さん。

これだけしかできなくて、ごめんと言ってくれた行政の方(充分すぎるくらいなのに)できないことはできないっていうけど、でも出来ることはやるからね。と声をかけてくれたご近所さん。

私たちは、北海道の優しさに守られてここにいる。

始まりは小さな声。だけど声を上げ続ければ、手を差し伸べてくれる人がいる。

一緒にやろうと言ってくれる人がいる。

声と声をつないで、大きくしていくことで、さらに大きな輪ができていく。

私はそれを身を持って経験しました。

頑張っても頑張っても、先なんて見えない。

遅々として進まない事案に苛立ちを覚えることももちろんあります。

だけど、後ろを振り返ったとき、変えられたこともたくさんあったのだと気づきます。

もしも誰も声を上げなかったら、今とは全く違う世界になっていたのじゃないか。

避難地で、福島で、あるいはたくさんの場所で、声を上げる人たちがいること。

それは希望なのだと私は思います。

そして、私たちに寄り添ってくれる人がいる。

なんとかしたいと考えてくれているひとがいる。

その人たちとつながっていくことで、きっとさらに変えていけると私は思います。
福島在住の医師より
マスメディアは何も知らない県外や国外の人々に対し、県民健康管理調査において医師対住民との間で強い対立があるように報道しております。

確かに一部の住民と行政の間には対立がありますが、実態はもっと複雑です。

大部分の住民と県内の医師たちの間では、ほとんど対立はありません。

そして医師向けの講演会で御用学者が安全神話を刷り込み、個々の医師たちはそれを信じその後に自分の診察室で放射能の安全性について目の前の患者さんたちに語り、結果として住民の危機意識がなくなっていきました。

学校教育でも同じことが行われ、学力の高い学生から取り込まれて行きました。

医療と教育そして保障問題をからめ、本来危険性が否定できない場所が安全であると宣伝されてきました。

その結果初期に危険性を感じ自主避難・移住した住民を除き、福島県内の住民の大多数は現在放射能汚染による低線量被曝の害はほとんど影響ないと考えて通常の生活を行っています。

経済的な状況などで県内に残らざるを得ず放射線の心配をしている方は、少数派となり肩身の狭い状態で生活しています。

チェルノブイリ原発事故で避難権利ゾーンとされた場所に、何も考えず通常の生活を行っている福島県民が多数いる現状は異常としか思えません。

彼らの言うようにこのまま何も起こらないことを祈りますが、福島の放射能レベルでは何の健康被害も起きないと言いながら彼らは「放射線医療センター(仮称)」と称し、330床の新病院を福島県立医大の敷地内に建設予定です。何の健康被害も起きないのであればなぜこのような病床が必要となるのでしょうか、私は非常に疑問を感じています。

そしてつい先日の2月13日には、先行調査を行った約38000人の中に3例の小児甲状腺癌が発見され手術が施行されたとの発表がありました。

そして穿刺吸引細胞診の結果では、更に7例の甲状腺ガンの疑い症例があるとのことです。

彼らは原発事故からまだ2年しか経っていないため自然発生のガンであると言い切っておりますが、いままで小児甲状腺ガンの発症率は欧米も日本も変わりなく人口10万人に対し0.2人と言われており、私は今回の結果は正常ではないように感じます。

今後の追跡調査で真相は明らかになっていくと思われますが、予防原則の考え方でなるべく危険は避けるようにしたほうが後悔のない人生を送れるのではないかと私は考えています。

長くなりましたが最後にひとつだけ言わせていただきますが、福島県内の医師たちをあまり攻めないでください。

彼ら自身はまじめな医師たちですがもともと日常診療で疲弊しており、放射線障害について積極的に知識を得る時間がないだけです。

原発事故当初には不安を持った医師達は時間を作り新しい知識を求めて医師会などが主催する講演会に出かけて行きました、

しかしそこでは権威ある医師たちが現状は安全であることを説明し医師達を安心させました。

当初は医療崩壊を防ぐ狙いがあったと明かしていますが、現在もそれは続いており、その結果県内の医師たちの間では安全であるとの認識が共有されてしまいました。

問題意識を持ってさらに踏み込んで知識を得る時間を作らないと、正しい知識は得られないと思います。

これは日本の医療界だけの問題ではなく、世界的に原子力産業を守ろうとする強い力が作用していると思われます。

不条理に気づいた人々が、世界的に反核の考えを共有して我々が少数派ではなく多数派になっていくことが大事なのだと思います。

 

頑張ってきたこと、よかったこと・気づいたこと、嫌だったこと・思い出したくないことなどを、みんなで輪になり、この2年を振り返りました。

山田真先生から「子供たちを守るために」、松井英介先生から「東京大空襲」のお話をお聞きし、最後にセバスチャンからの手紙「親愛なる子どもたちへ」が読み上げられました。

皆さんの福島の住民への思いやりを感じる一日となりました。ありがとうございます。
(やまきみゆき)
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