測定を続けて、ここで暮らしてきて、少しは明るい未来を感じてもいます
— ここは常に賛否両論ありつつ、除染は一応はすすんでいて、半減期※05も過ぎて空間線量も相当下がり、食品もずっと測ってきたことでかなり線量は見えてきた。かといって「だから、いい」ということではなく、検出限界※06が2、30ベクレルではほぼ出ない状況の中で、お母様たちの心配は「どうやら今も空気中に舞ってるらしい」とか、それは子どもたちの外遊びの際、吸い込んで内部被ばく※07の可能性が懸念されるんだと思います。諸々の状況の中で、現状一番の問題点は、どこでしょう?
佐原 低線量被ばく※08への不安です。そこに「しきい値※09がない」という、専門家でも答えが分かれる中、私たちには答えをもちろん出せません。せめて、測定してわかってきたこと、明らかになった事実を伝えることはできるんですが、やっぱり「だから、大丈夫なんです」とか、「身体にこれだけ影響があります」と結論づけることはできない。
けれども、現状を知ることで、何かを「判断する時の材料にして欲しい」とは思っているので、そこの部分でやはり測定は必要だと思っています。
そこは例えば福島の果物のように、農家さんの努力によって検出されるセシウムが下がってきている傾向がある。それが折れ線グラフで目に見えてわかっているので、そこも伝えていきたいです。
— 一番の心配の対象はやはり子どもたちですか?
佐原 はい。子どもの体調、健康面ですね。
— 南相馬でホールボディカウンター(以下、WBC)※10やベビースキャン※11での測定で、「これだけ測ってるから大丈夫」ということを言う専門家や、甲状腺がんの検査で「原発事故との因果関係はない」という県立の医大の存在があります。行政による測定と、「ふくしま30年プロジェクト」のような市民測定所に差はありますか?
佐原 WBCにしても、甲状腺検査にしても、流れ作業的な側面があって、それだけに任せるには不安が残ります。それから、「結果しか出てこない」という点はおかしいと思っていて、「A-2※12です」とか「あなたのお子さんはB」とか、それではどこに何がどれだけあるかがわからない。
だから、今回「たらちね※13」さんと連携して実現した甲状腺検査によって、参加された方々からも、「一緒にモニターを見て説明を聞くことで安心できました」という意見がすごく多いんです。ただ「A-2」とだけ通知で知らされても、それがどういう状態かわかってなかった人たちがたくさんいます。
— それはたぶん、初期のガラスバッジ※14の頃から続いてきた問題ですね。
佐原 対象が全市民となった時は数も多いし、仕方ないのかもしれませんが、行政で行き届かなかった部分をサポートしていけたらと思っています。
— 県外、国外の観点からだと、「やっぱり安心できる状況ではない」と聞くと、「なぜ県外に出ないのか?」という疑問はずっとあるかと思います。
佐原 確かにそれは、震災直後からずっと言われてきたことです。それに関しては、私の場合は当時家族の健康問題で、「自分がここにいないといけない」ということがありました。でも、これは個人的な意見ですが、「今の福島なら気をつけて暮らしていけば、大丈夫じゃないかな」という、ほんの少しでも明るい光が見えてきた気はしています。
でもそれさえも私個人の意見であって、今も自主避難を続けてる方に押し付けるつもりも、強制ももちろんしません。ただ、自分の中では年々測定を続けて、ここで暮らしてきて、少しは明るい未来を感じてもいます。
— わからない不安と共に、明るい未来を見出す部分もある。
佐原 両方あります。でもそれも、自分の中でも波はあって、わかってきた不安材料に落ち込んだり、やっぱり「大丈夫かな」と思えたり、ずっとその波に乗りながら暮らしてきた感覚はあって。とはいえそれでも、空間線量や食品の測定結果と、震災直後に比べれば本当にマシになった部分が多いので。
— 測定の体制が、最低限でも整ってきた。
佐原 ただ甲状腺がんに関しては、数が増えてくるのはすごく心配ですが、そこは今、福島で暮らす中で、防げる部分ではありません。原発事故直後、初期のヨウ素※15による被ばくにかかってくる部分なので、そこに関しては今は不安ではなく、あるのはただ、後悔です。そこは皆さん、「もっとこうしていればよかった」と。
— 今、福島全体ということで考えると、そういった現状がメディアに取り上げられる自体、とても減ってきたかと思います。
佐原 丸5年経った時に、私自身には「5年の節目だから」という取材はすごく多かったですが、別におめでたい記念日なわけではありません。ただ「5年が過ぎた」だけであって、何も生活環境は変わらないし「ああ、これでまたある程度忘れられていくな」という風に感じました。これは、東京オリンピック開催が決まった時点でも思ったことですが、「ますます忘れ去られられていくんだろうな」と。
※05 半減期
半減期(はんげんき、half-life)とは、ある放射性同位体が、放射性崩壊によってその内の半分が別の核種に変化するまでにかかる時間を言う。
(Wikipediaより)
セシウム137の半減期が約30年というのに対してセシウム134の半減期は約2年と短い。2016年6月現在、環境中に存在するセシウム137とセシウム134の比率は1:0.19となっている。
※06 検出限界
検出限界(けんしゅつげんかい、検出下限、Limit Of Detection(LOD)、Detection Limit)とは「検出できる最小量(値)のこと」である。
(Wikipediaより)
放射能測定で検出限界を下まわった場合「0」を意味するわけではなく、その条件(測定時間や体積)では検出しなかったということを意味する。測定時間を延長したり、体積を増やせば検出限界は下がり、検出することになる。例として出されている1キログラムあたり20ベクレルという検出限界も測定時間を延長すれば検出することになる。
※07 内部被ばく(曝)
被曝(ひばく、radiation exposure)とは、人体が放射線にさらされることを言う。「曝」が常用漢字でないことから「被ばく」とも表記される。被曝は、放射線を受ける形態が外部被曝か内部被曝かでその防護方法が大きく異なる。
放射性物質が空気中などに拡散して存在している場合、その放射性物質が体内に入り込むことによる内部被曝の恐れが生じる。そのため、内部被曝については放射性物質を体内に取り込まないような防護が基本となる。
内部被曝をした場合、すなわち一度体内に放射性物質が取り込まれた場合、その取り込まれた放射性物質を除くには、物理的減少(放射性崩壊)と共に生体機能の代謝による排出を待つよりほかない。
(Wikipediaより)
※08 低線量被ばく(曝)
実効線量で概ね100〜200ミリシーベルト以下の低線量の放射線被曝による生物影響に関する問題を言う。日本においては第五福竜丸事件を契機に、1950年代から原水爆実験の死の灰による低線量被曝が大きな社会問題となった。
(Wikipediaより)
※09 しきい値
統計的に検証できない低線量の被曝について、線量とがんや白血病などの発生確率は比例すると考えるのが直線しきい値無しモデル(LNTモデル)と呼ばれる仮説である。LNTモデルは1977年のICRP勧告第26号において、人間の健康を護る為に放射線を管理するには最も合理的なモデルとして採用された。この勧告では、個人の被曝線量は、確定的影響(急性放射線障害)については発生しない程度、確率的影響(がんや白血病など)についてはLNTモデルで計算したリスクが受容可能なレベルを越えてはならず、かつ合理的に達成可能な限り低く (as low as reasonably achievable, ALARA) 管理するべきであり、同時に、被曝はその導入が正味の利益を生むものでなければならないことを定めている。
(Wikipediaより)
確定的影響とは、毛髪が抜ける、白内障になる等必ず放射線の障害が出ることを言う。確率的影響については必ずしも影響が出るわけではなく、放射線を受けた量に比例して影響が現れる(がんや白血病)確率が高まること。発症するのにしきいの値がなく、被曝量が減れば発症の確率が下がるという考え方。
また、WikipediaにあるALARAの定義の一つ「被曝はその導入が正味の利益を生むものでなければならない」とは、レントゲンなどの医療被曝を指す。レントゲン写真を撮ることのメリットと、被曝することのデメリットを比較して有用だと判断されて運用されている。
※10 ホールボディカウンター(WBC)
WBCは、測定時点における体内に残留している放射能を測定するもので、それまでに被測定者が積算して受けた内部被曝の測定はできない。
放射線のうち、ガンマ線のみを測定することができ、他の放射線であるアルファ線、ベータ線の検出はできない。
※11 ベビースキャン
福島県内で標準的に運用されているFASTSCANというWBCは、原発作業員(成人の男性)の測定を前提に開発されたため、幼児の測定ができない。この問題を解決するために開発された幼児専用のWBC。被測定者は測定時にうつぶせになり、iPadでゲームやビデオを観ながら測定を受ける。
※12 A-2
県民健康調査の甲状腺検査では、検査結果がA-1、A-2、B、Cの4段階の判定でなされる。
A-1 のう胞、結節ともに、その存在が認められなかった状態。
A-2 大きさが 20mm 以下ののう胞、又は、5mm 以下の結節が認められた状態。
B 大きさが 20.1mm 以上ののう胞、又は、5.1mm以上の結節が認められた状態。
二次検査が推奨される。
C すみやかに二次検査を実施した方がよいとの判断をした状態。
B以上の判定がされ二次検査(細胞診検査)で悪性疑いとなり、手術適応症例と判断された場合、福島県立医大より手術が推奨される。
※13 たらちね
認定NPO法人いわき放射能市民測定室「たらちね」
2011年11月より福島県いわき市で活動。食品・環境放射能測定、WBC測定、ベータ線測定、甲状腺検査、沖縄・球美の里 いわき事務局を運営している。
※14 ガラスバッジ
別名:ガラス線量計、個人用ガラス線量計。放射線を照射すると発光する性質を持つようになる、特殊なガラス素材を使用した、一種の線量計。個人が受けた積算の放射線量を計ることができる。
(Weblio辞書より)
本来はレントゲン室のような一方向(正面)からの線源の照射を想定して開発されているので、東京電力福島第1原発事故後、環境中に無数に放射線源がある現状では、正確な放射線量が計ることができないと言われている。
※15 ヨウ素
ヨウ素131(英: iodine-131,131
53 I )は、ヨウ素の放射性同位体のうちの一つで、質量数が131のものを指す。半減期約8日である。核分裂生成物のうち放射能汚染の原因となる主要三核種のひとつである。
(Wikipediaより)
吸入すると、喉にある甲状腺に集まり甲状腺がんの原因となる。チェルノブイリ事故では、100万人に1~2人と言われる小児甲状腺がんが多発したため、放射線被ばくの影響が公式に認められた。福島県で事故当時18歳以下の甲状腺検査が行われているのは、チェルノブイリ事故の経験からである。